2024年2月13日くるっぷにあっぷしたやつ。
未明から降り続けた雪は、昼過ぎには足首を超える高さまで積もっていた。
王都では珍しい積雪だが、昨日からの冷え込みのせいかさらさらとした湿り気のない雪は風が吹けば舞い上がって視界を白く染める。
城内は早めの帰宅をするものが多く、いつもより人影は少ない。
回ってくる仕事もいつもより少なく、ヴェルナーはここぞとばかりに優先度が低く後回しにしていた事務処理仕事を片っ端から片づけていた。
「よし!」
一段落したところで思わず声をあげながらぐっと伸びをする。
「お茶を用意させましょうか。それともお帰りの準備を」
とノイラートも書類から顔を上げて言った。
「いや、いい。ちょっと息抜きに冷たい空気を吸ってくるかな」
遅めの昼食からそれほど時間もたっていないこともあり、お茶という気分ではなかった。
「おー、結構積もっているな」
庭園というほどの広さもない、ベンチが二つほどあるだけのちょっとした休憩スペースのようなところへ足を踏み出すと、ざくざくと心地よい感触が伝わる。
空を見上げれば次々と雪が舞い落ちてくる。まだまだやみそうにない。
人影がないのをいいことに無駄に雪を踏みまわりながら、幼いころ雪だるまを作ったことを思い出す。
兄が亡くなって前世の記憶を思い出した後、がむしゃらに鍛錬と勉学に励んで、子供らしさを捨てたようなヴェルナーを心配げに見守る家の者たち。
安心させるためにちょっと子供らしいことをしてみるかと、雪の降る日に作った雪だるま。
これは何かと問われ、マックスだと答えると皆ニコニコとよく似ていると褒めてくれ、マックスに至っては涙を流さんばかりに喜んでいた。
帰宅したインゴはその雪だるまを見て、ヴェルナーが作ったマックスだと聞くと微妙な顔をしていたらしい。ヴェルナーは翌日誰かに「次は旦那様を作って差し上げてください」と言われたがその機会が訪れることはなかった。
ちょっとした悪戯心がわいてきて、ヴェルナーはその場にしゃがみこんで小さな雪玉を作り出した。
さらさらとした雪は固まりづらい。
子供らしくしてみようとした子供のころより、無心で作ってしまったようで、気がつけば膝の高さほどの雪だるまができあがっていた。
「こんなもんだろ」
満足げにつぶやいて立ち上がり、ちょっと離れてその雪だるまを眺めようとしたとき、とん、と背中が何かにぶつかった。
「こんなところでなにをしているのだ、卿は」
その声に、ヴェルナーは思わずヒェと小さく声を上げた。
ーーなんでこんなところにいるんだ!
ヴェルナーは心の中で叫び、いつもより人がいないことに油断した自分を責めながら後ろに立つ人物に向き直り礼を執った。さりげなく、足元の雪だるまが隠れるように位置を調整しながら。
そこには黒に近い濃紺のマントを羽織った王太子殿下が怪訝な顔で立っていた。
ーー雪景色に映えすぎだろ…!
ヴェルナーはまた心の中で叫びながら、ヒュベルの問いに答えた。
「し、執務の合間の息抜きに外の空気を吸いに出ただけでございます」
「ほう?」
ヒュベルは片方の眉を微妙にあげ、ヴェルナーの足元に視線を落とした。
見ないでくれ!と芸術的な才能が皆無な自覚のあるヴェルナーがつい俯くと、頭にポンとヒュベルの手袋をした手が置かれ、撫でるように動いた。
頭に降り積もった雪を払われたのだと気づき、とっさに後ずさって両手で頭を払った。
「でっ殿下のお手を煩わせるようなことではございませんので!」
「そうか。」
ヒュベルは薄く笑いながら、手袋を外しその手でヴェルナーの頬に触れた。
熱いくらいの手のひらに、ヴェルナーの呼吸が止まる。
「で、殿下?」
「すっかり冷えているではないか」
ヒュベルは右手をそのままヴェルナーの肩に回し抱き寄せ、うろたえるヴェルナーにことさら優し気に声をかける。
「さあ、温かいお茶を淹れるから、室内に戻りなさい」
「は??????」
肩を抱かれたままのヴェルナーは歩き出したヒュベルに従って一緒に歩くしかない。
ヴェルナーが狼狽えながら視線をさまよわせると、小さな庭から宮殿内に戻る扉の前にヒュベルの護衛騎士が二人いて扉を開けるのが見えた。
「あ、あの私はまだ執務がありますので…」
「遠慮するものではない。おいしいお菓子も用意しよう」
ーーなんか俺、子ども扱いされてない!?
「いえ、あの…」
「メーリング、そこにある雪人形は典礼大臣の執務室に届けておけ」
「は?!」
ヴェルナーが後ろを振り返ると恭しく一礼した護衛騎士が雪の中を歩いていくのが見えた。
思わず追いかけようとしたヴェルナーの肩をヒュベルがさらに強く掴む。
恐る恐る見上げると、満面の笑みを浮かべた殿下の恐ろしく整った顔が間近にあった。
「卿の思わぬ一面が見られたな。思えば卿とは私的な会話をしたことがない。この機会にいろいろな話を聞いてみたいものだ」
こうなるとヴェルナーにはもう抗いようがない。
あの雪だるまを父のもとに、とヒュベルが言い出したからには、あの雪だるまが何を模したものかわかったに違いない。
ヴェルナーの冷えていた頬が一気に熱を持ち赤くなった。
「あ、あの殿下、あれは…」
「ふ…っ、ははっ」
ヒュベルが小さく噴き出すのを、あっけにとられてヴェルナーは見つめた。
肩に置かれていた手はするりと背を滑り落ちて腰に回された。
「あの、殿下、お手を…」
自分で振りほどくわけにはいかず、ヴェルナーは腰を抱かれたまま狼狽え、誰かに見られないかと落ち着きなく頭を揺らす。
そのたびに長い髪が揺れるが、ヒュベルが離れる気配はなかった。
「なに、今日はちょっとした悪戯心を出したところで見るものは誰もおらぬ」
ヴェルナーはあきらめて、鳩尾あたりを握りしめながらヒュベルのエスコートに従うのだった。
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